日本の対朝鮮経済制裁の効果と中韓の動き

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朝鮮の核実験にともなう、日本と国連の経済制裁の効果について、職場で「対北朝鮮経済制裁の効果と課題」というレポートをまとめた。このレポートでは、日本独自の経済制裁と、国連決議にともなう経済制裁についての朝鮮経済に対する影響を推測してみた。

8月9日にすでに述べたように、2005年の朝鮮の貿易総額に占める日本の割合は5%を切っている。対日輸出に関して言えば、この数値が上がり、9.8%となる。この9.8%が日本単独の輸入制限により、失われることの意味は、経済的には個別の貿易会社や部門にとって小さくないものの、そういった政治的にはそれほど力がないという分析を行った。

日本では「日本との貿易での黒字は軍に流れるので、経済制裁は効果がある」などと言われているが、核実験を行うことを決定した以上、多少の経済的損失は織り込み済みであることは想像に難くない。日本政府が朝鮮に対して敵対的でありたい、という願望は伝わるかもしれないが、朝鮮の政策判断は日本の経済制裁によって左右されるものではない。

朝鮮が本当に困るのは、中国と韓国が本気で経済制裁を行ったときである。現状では中韓両国の国連決議への対応が出そろったわけではないので、具体的な数値について言及することはできないが、韓国の対外経済経済政策研究院(KIEP)が出した「核実験以後の国際社会の対北制裁が北韓経済に与える影響」(朝鮮語)では、中国の場合はまず無償援助の縮小と投資の鈍化、韓国の場合は民間の支援事業に対する政府のマッチングファンドの供与を水害被害に対するもの以外の停止や金剛山観光事業と開城工業団地事業の再検討などが制裁のオプションとして取り上げられている。

中朝間の貿易は、(1)国家間の貿易、(2)地方間の貿易、(3)個人間の貿易の3つの類型に分けることができると思う。(1)は主に中国全土と平壌を中心とした地方の貿易、(2)は吉林省や遼寧省が対岸の咸鏡北道、両江道、慈江道や平安北道間での貿易、(3)は国境地方での華僑や朝鮮族による担ぎ屋貿易などである。また、この他にも密貿易もあるが、ここでは割愛しておく。

中朝間の貿易で国連決議による影響を受けるのは(1)→(2)→(3)の順となろう。ただし、現状では石油の供給を一挙に止めるような、朝鮮を完全に追い込んでしまうような形での制裁は行わないだろう。また、地方間の貿易、特に吉林省と北部3道との関係や、遼寧省の山奥などで行われている貿易は朝鮮側に住んでいる人々の生命線でもあるため、簡単に止めることはできないものと思われる。結局、外国メディアなどの目につく遼寧省丹東市を中心に、輸出入禁制品を増やしたり、税関検査を強化するなどの手段を使って、制裁を実行していることをアピールすることになるのではないかと思う。

このような表面的な対応とは裏腹に、実は中国は数年前から朝鮮に対する貿易貨物、特に化学薬品などについては、監視の目を強化してきた。核実験が行われたことにより、中国国内で朝鮮を友好国として見るのではなく、中国の生存を阻害する存在として見る勢力が以前よりも力を持ちつつあるような感じがする。そのため、大量破壊兵器に関連する物品が国連で定義されれば、そのような貨物の通過を中国が見逃すことはないだろう。

韓国の対朝鮮交易は、このファイルにあるとおり一般的に考えられている貿易(商業性取引の中の貿易)だけでなく、開城工業団地の建設資材や工場設備などの「投資」にあたる項目、基本的に支援の性格を帯びている非商業性取引などの項目を含んでいる。そのため、純粋な貿易額はそれほど多くはない。しかし、朝鮮に金剛山観光事業にかかわる送金や第3国を経由して朝鮮に援助される民間の支援事業などは、この統計に入らないため、韓国から朝鮮に流れるモノやカネの量は、相当大きいものと考えられる。(現在、その規模を推計中)

このような中韓の朝鮮に対する経済的な影響力を見ると、日本は単独で制裁を行うよりも、中国や韓国により厳しい制裁措置を行うような働きかけを行った方が、朝鮮に与える政治的影響力は大きいだろうことが直感的にわかるだろう。もちろん、中韓が日本のこのような働きかけに応じてくれるかどうか分からない。しかし、このような政策協調が行われることこそ、外交上の圧力になるはずだ。政策協調の話はほとんど出てこずに、日本単独の制裁が議論されている現状を見ると、日本は朝鮮に対して政治的な影響力を行使するために制裁を行っているのではなく、ただ単に朝鮮に対して強硬姿勢を見せたい、すなわち「日本は怒っているのだ」ということを知らせるために経済制裁を行っているのではないかという疑問が湧いてくる。

本来、一連の経済制裁条項は朝鮮に対する外交カードを増やすための手段として立法された。水野けんいち議員のホームページに法案の意義が書かれているが、朝鮮に対する日本の経済的影響力が低下している現在、経済制裁を行うことによって朝鮮の態度を変えさせることが難しいことくらい、政府もよく分かっているはずである。また、国連決議による経済制裁も同時に行われるのだから、日本単独の制裁が国際的にはそれほど注目されないことも政府はよく分かっているはずだ。

2006年10月18日の衆議院外交委員会で麻生外相は「ただ、日本としては、今、貿易量というものはこの十年間のうちに大分激減をしておりますので、そういった意味では、日本が新たにこれに入ったより、日本が独自でやっております北朝鮮籍の船舶の入港禁止、北朝鮮との貿易、こっちの方が経済的な意味としては大きいと思っております。」と答弁している。政府は経済制裁の効果があると考えているのだろうか。それとも、これは単に制裁を行うための詭弁に過ぎないのか。

「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」第3条には、「我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があると認めるときは、閣議において、期間を定めて、特定船舶について、本邦の港への入港を禁止することを決定することができる。」と規定されている。そもそも今回の朝鮮の核実験が、「我が国の平和及び安全の維持のため特に必要がある」と認定する根拠は何なのか。

特定船舶の入港禁止に関する法律の審議過程である2004年6月11日の参議院国土交通委員会では、制裁措置発動の条件として、核実験があげられている。水野賢一衆議院議員は「じゃ具体的にということで、特に北朝鮮などを念頭に置いた場合には、一つには、例えば核実験を強行してきたような場合、若しくはテポドンを始めとするような弾道ミサイルを再発射、我が国に向けて再発射をしてきたような場合、さらには薬物などを国家組織的に日本に流入をさせようというようなことをして、入港禁止などの措置を取らなければこれを根絶することが難しいと判断したような場合、また拉致に関して言えば、この拉致問題などに対しても、こうした国家犯罪に対して圧力を掛けなければこの問題が解決できない、相手側に誠意が見られない、こういうような場合も当然発動要件には入ると思いますし、また武装不審船などにより不法な行動を取ってきた場合、こういうことも考えられるというふうに考えております。」と答弁している。政府、自民党からすれば、立法者意思からしても、今回の経済制裁発動は当然の措置であるということになるのだろう。

そうだとしても、経済制裁を行って朝鮮の政策に変化を与える可能性はあるのか、制裁がどのような外交的戦略に基づくものなのか、また制裁はどのような条件で解除されるものなのか、などについての説明が詳しくなされないままに制裁が行われたことに対しては、外交カードとしての制裁の機能の点で疑問が残る。

経済制裁は実際に行うだけでなく、その議論の過程や解除に関する議論なども政治的な影響力を行使するための手段として使うことができるはずだ。そもそも、この一連の制裁法案は、朝鮮による日本人拉致問題の解決のために、朝鮮が日本との対話に誠意ある対応を行うようにするために立法されたものである。2005年11月7日の衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会で安倍官房長官(当時)は、経済制裁法案が立法されたことが朝鮮に対する圧力になっているという趣旨で、「そうした圧力の中にあって、北朝鮮側は日朝交渉の再開に私は応じてきたものだ、このように思っております。まさに対話と圧力によって解決をしなければいけない。しかし、私たちは、圧力が目的でもないし、対話が目的でもない、問題は拉致問題を解決することである、このように考えています。」と答弁している。今回の核実験に即して言えば、経済制裁の発動の目的は、究極的には朝鮮が核開発を断念すること、目の前の問題で言えば朝鮮が六カ国協議に復帰するために圧力が必要だから、ということになる。

果たして日本単独の経済制裁によって、朝鮮は六カ国協議に復帰したり、核を放棄したりするのだろうか。おそらく、それほどの力はないだろう。また、朝鮮の核実験が今後も反復して行われ、事態がこれ以上に緊迫化する可能性もある。外交カードとしての追加制裁が、所期の効果を上げる可能性が少ない以上、「日本の断固たる意思」を表示するためだけに、数少ない外交カードを切ることが果たしていいことなのか。

日本の国会の会議録は、インターネットで公開されており、ここでの議論は当然、朝鮮国内でも検討がなされているはずだ。もし、経済制裁の政治的影響力を大きくするためには、国会の本会議や各委員会で、日本がなぜ制裁を行うのか、そしてその解除の条件は何なのかを子どもに言い含めるように繰り返し議論することにより、朝鮮に対する日本の「国家意志」をわかりやすい形で記録するのも一つの方法だ。政府のステートメントも、分かり切ったことでも、丁寧に説明することで、日本の考えを朝鮮に知らせることができる(同時に、世界の理解を得る助けにもなるし、国民に対する説明責任を果たすことにもなる)。

10月15日に書いたとおり、朝鮮は大国である日本の一挙一動を見守っている。日本の影響力は、貿易のもたらす経済的影響力よりも、日本がどのような意思を持って朝鮮と対応していくのか、特にどのようにすれば朝鮮は日本と仲良くすることができるのか、を積極的に伝えていくことにより、朝鮮の政治的決断を平和的な方向に誘導することにあるのではないだろうか。経済復興や人的資源の開発に関しては、日本は大きな実績を積んでいる。拉致問題の解決の鍵も、そういったところにある。これは、2002年9月の小泉首相の訪朝時に金正日総書記が拉致を認め、謝罪したことからも分かるだろう。

日本の外交力を増すために、せっかくの議員立法で作った法律が、(そもそもアメリカのまねをして圧力による外交をするのが、日本外交の方向性としてよいものかという議論もあるが)運用における工夫の欠如によりその真価を発揮できず、国内的な自己満足で終わってしまうのではあまりにももったいないと思う。

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