2007年1月アーカイブ

2007年1月16日~18日、ベルリンのアメリカ大使館と朝鮮大使館でアメリカのヒル国務次官補と朝鮮の金桂冠外務次官が合計8時間以上にわたって会談した日経新聞の報道によると、1月16日、国務省の記者会見ではケーシー副報道官が「建設的な雰囲気で、よい意見交換ができた」と評価している。また、1月19日の韓国の聯合通信の記事は、ヒル国務次官補が1月19日、ソウルで記者団に対して「北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官と何が重要なのかなどを話し合い、いくつかのイシューについて確かに意見が一致した」と語ったと報道している。朝鮮中央通信も1月19日付の記事でこの会談が「朝米間の合意で開かれ」、「一定の合意がなされた」と報道されている。

アメリカはこれまで朝鮮との二国間対話には応じないとしてきたし、現在でもその立場は公式には変化していない。金融制裁をめぐる協議が、前回も釣魚台ではなく、北京駐在の両国大使館で行われ、今回もベルリン駐在の両国大使館で行なわれたということは、米朝間の会談が、二国間会談であることを端的に示している。六カ国協議の枠内とはいえ、二国間での会談を持ったということは、アメリカが朝鮮に対して対話のハードルを下げたことを意味する。

また、今回の協議の開催場所が北京ではなく(モスクワでもなく)、ベルリンであったというのも興味深い(ドイツは旧東ドイツからのつながりもあり、朝鮮にとっては親しみのある場所である)。これは、朝鮮が対米交渉の内容を中国に知られたくないということを意味しているように思う。朝鮮は中国を本心では信用していない、ということだ。ここから、中国が朝鮮の核実験を機に、朝鮮の核放棄を目的とした政策の変更を行い、相当の圧力をかけたであろうことが想像できる。

2007年1月17日の共同通信の報道によれば、アメリカはマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」で凍結されている朝鮮の口座の一部を解除できるかどうか検討しているという情報がある。もし、このような動きが現実になるとすれば、米朝間の相互不信を取り除く上での大きな一歩となろう。これまでの会談の経過から見ると、次の六カ国協議ではそのような方向性で会談が進む可能性が高い。

ただ、そうなると日本政府としてはアメリカに裏切られた形になる。2007年1月9日の『産経新聞』の報道では、2007年1月8日の尾身財務相のポールソン財務長官との会談で、財務長官が「北朝鮮が譲らない限り、譲るつもりはない」と語ったと財務相が言った、と報じられている。一般に、日本における朝鮮への断固たる対応というのは拉致問題に重点が置かれており、アメリカでのそれは圧倒的に核問題のことが中心であるので、朝鮮が核問題で譲歩をしてくれば、アメリカもそれなりの見返りは与えることになるだろうが、日米が朝鮮に対する断固たる協調姿勢を見せつけた(はずの)会談から一月もたたないうちに、一部とはいえアメリカが金融制裁の解除を決めれば、日本政府としては、対朝鮮強硬姿勢のよりどころを失ってしまうことになる。(尾身財務相の発言が、日米での対朝鮮問題の重心の違いを意識しない思い違いだったということになるのかも知れないが)。

アメリカの判断がどうなるか、また朝鮮がどのような譲歩を行うのか、不明な点が多いが、アメリカが朝鮮との対話を通じて朝鮮の核問題を解決させる方向に動き出す可能性はそれほど低くはない。すでに2006年11月18日の米韓首脳会談後、アメリカのスノー大統領報道官は、「北朝鮮が核計画を放棄すれば朝鮮戦争の終結を宣言する用意がある」と述べている。今後の六カ国協議の交渉の中で、朝鮮が受け入れ可能な核放棄のロードマップが提示され、その見返りとして朝鮮戦争の終結=停戦協定の終戦協定への移行や経済支援が約束されることも夢物語ではない。米朝間の相互不信はなお強いので、話がすぐにまとまるとも思えないし、朝鮮が決断できずにせっかくのチャンスをつかみ損ねる可能性も高いが、米朝間の和解という劇的な変化が起こる可能性も残されている。


そうなれば、六カ国協議で拉致問題を前面に出そうとする日本と、核問題の解決を優先させようとするその他5カ国が対立し、日本が孤立してしまう可能性は、朝鮮が核放棄の値段をつり上げ、交渉が頓挫する可能性と同程度あるのではないかと私は見ている。

その時に日本は、あくまでも拉致問題の解決に向けて朝鮮が頭を下げてくるまでは、朝鮮に対して強硬姿勢を貫くのだろうか。それとも核問題の解決への動きに対して一定の評価をして、日本としてできる支援を行う立場をとるのだろうか。

今後の対朝鮮政策を考えるときには、核問題の解決という、朝鮮半島をめぐる冷戦体制の残滓が取り除かれる状況を想定した上で、さまざまな判断を行う必要がある。拉致問題は日本の重要な政策課題であるが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、日本が北東アジアをどのような地域にしていくべきなのか(どういう方向に進むと日本が得をするのか)、中長期的に朝鮮がどのような国になっていくのが日本の立場から見ると望ましいのか(コストの問題、理念の問題)、それを実現するために日本はどんな手段を持っているのか(経済力、軍事力、国際的信用など)、といった問題に解答を出していくことが、必要ではないだろうか。

2007年1月16日、鳥取県の境港港からカンボジア船籍の貨物船が朝鮮の元山へ向けて中古自転車約8500台と中古貨物自動車16台を積んで出港したことが『読売新聞』で報じられた。日本は独自の経済制裁措置で朝鮮からの輸入を全面的に規制はしているが、輸出は今のところ「ぜいたく品」以外は規制していない。しかしこの記事では、朝鮮が自転車を中国など第三国に輸出して差益を得る可能性があり、問題があるという論調で紹介がなされている。この記事に限らず、日本における朝鮮報道は、「北朝鮮は何でも悪い」という論調である。しかし、朝鮮における自転車の利用状況を考えると、日本が自転車の輸出を止めることが、日本にとって利益になるのかどうか、もう少し深く考える必要があるように思う。

朝鮮において自転車は、地方都市や農村において、庶民が自由に移動し、物を運ぶことのできるほぼ唯一の手段である(もう少しお金がある人たちは、中古のトラックを買い、運送会社を経営しているとも言われているが、それを直接見たことはない)。自転車が普及したことにより、朝鮮の庶民は自分たちが必要とする物を市場や生産者から調達し、また自分たちが副業や内職で生産した物を市場や需要者に売りに行くことが容易になった。

kp_bicycle1.jpg写真1(南浦市郊外を走る自転車)
kp_bicycle2.jpg写真2(南浦市の歩道を走る自転車)

私から見ると、朝鮮の自転車は朝鮮における非国営セクターが活発になっている象徴とも言える存在である。中古自転車そのものが市場価格で取引されているので、安い買い物ではない。「庶民のベンツ」といってもいいだろう。しかし、朝鮮にはすでに自転車が買える層が相当数存在するのである。そのため、中国に転売する可能性も全くないわけではないが、その多くは朝鮮国内で販売されると思われる。

その利用方法も、庶民が自由に移動して、買い物に行ったり、行商や配達に出たり、通勤に使ったり、友人・知人に会いに行ったりと、これまでの朝鮮の社会では少なかった自由な経済活動や行動に使用されている。これによって、朝鮮の庶民の生活の利便性は以前よりも向上したといえる。

それだけではない、朝鮮の社会の中に、政府や会社、親族関係といった、従来からある縦割り中心の人間関係だけでなく、経済活動などを媒介に自然発生した横のつながりができてきているのだ。だからこそ、厳しい経済状況でも、何とか食べていける。また、長い間、働いても働かなくてもほぼ同じように分配を受ける社会に住んでいた人々が、今ではどうやったらお金を儲けることが出来るのか(そしてそのお金で配給の不足分を補っている)を考えるようになってきている。そのような社会の変革に(ちょっとオーバーだが、「実利社会主義」以降の朝鮮の社会の変化は、これまでの朝鮮の社会のあり方からすれば、まさに一大変革である)に日本から輸出された中古自転車が貢献しているというのは、日本にとっても悪いことではない。

朝鮮の核開発をやめさせるために経済制裁を行うというのであれば、朝鮮からの輸入を止めるだけで経済的には十分であり、自転車の輸出を止めたところで、(転売したり国内販売をして)貿易を行っている当事者が得ることができなくなる金額は小さい。それよりも、日本から輸出される自転車によって、朝鮮の庶民の経済活動が活発になり、生活が向上するならば、重工業、軍事工業優先の経済政策で苦労をしてきた朝鮮の庶民を助けることになるし、別の面から見れば朝鮮における市場経済の萌芽を日本が間接的に助けることになる。

朝鮮が核放棄をしたあと、朝鮮の庶民が、自分の才覚と努力で生きていける社会を作ることが、そこに住む人々を幸福にし、ひいては北東アジア全体に平和と繁栄をもたらすことになる。現状では自転車はその流れを加速させるツールとして機能している。日本の対朝鮮経済制裁によって、朝鮮の社会が内側から変わろうとする動きまで止めてしまっては、経済制裁が朝鮮民主主義人民共和国という国家に対する制裁を超えて、朝鮮に住む人々に対する嫌がらせになってしまうことにならないだろうか。

2007年1月1日、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』、朝鮮人民軍機関紙『朝鮮人民軍』、金日成社会主義青年同盟機関紙『青年前衛』は恒例の共同社説を掲載した。(『朝鮮新報』による日本語の要旨はここ。解説はここ。『私設 朝鮮民主主義人民共和国研究室』による全文の日本語訳はここ。但し、わずかな誤訳あり。)

この共同社説は、朝鮮のその年の基本路線を提示するものである。今年の題名は「勝利の信念をみなぎらせ先軍朝鮮の一大全盛期を切り開こう」となっている。今年の共同社説では、2006年を「社会主義強盛大国の黎明が近づいてきた偉大な勝利の年、激動の年として刻まれた」と評価している。核実験の実施によって「民族的矜持と必勝の信念が鼓舞」されているとしている。核実験については、その軍事的な威力よりも、政治的な側面が強調されているようである。

2007年については、「先軍朝鮮の新たな繁栄の年代が開かれる偉大な変革の年」であると規定している。これは今年が金日成の誕生95周年、朝鮮人民軍の建軍75周年という朝鮮では祝福すべき区切りの年であることも関係している。


今年の共同社説に掲載された政策を記載された順番で見ていくと(1)社会主義経済強国建設のための攻撃戦(経済建設)、(2)国防力の強化、(3)思想意識的団結の強化、(4)党の強化、(5)内閣をはじめとする経済機関幹部の責任性と役割の向上、(6)青年団体組織の強化(朝鮮共産主義青年同盟創立80周年)、(7)民族重視の立場の堅持となる。この順番は必ずしも現実の政策の優先順位と一致しないが、経済建設の強化がトップに来たことは、経済建設と国民生活の向上が今後の朝鮮における重要な課題であること、すなわち、国民生活を向上させなければ、朝鮮民主主義人民共和国という国家の存在意義が問われる、という認識が一般化してきているということを意味している。

思想意識的団結の強化や党の強化が重視されていることは、朝鮮で進みつつあるといわれている経済の市場化、非国営セクターの拡大などに伴う権力濫用や腐敗、韓国や外国からの情報の流入による指導思想の相対化などが、現実に存在することを想起させる。


以下、今年の経済政策のポイントを抜粋して紹介すると次のようになる。

(1)国民生活向上に優先的に注力する
 2005~06年に続き、今年の共同社説においても、国民生活の向上への努力を強調している。特に今年は「経済強国建設を現時期の革命と社会発展の切迫した要求であり、強盛大国の面貌を全面的に備えるための希望に満ちた歴史的偉業である。われわれは経済問題を解決することに国家的な力量を集中し、先軍朝鮮を繁栄する人民の楽園として花開かせていかなければならない。」と経済分野、特に国民生活の向上に対して注力する決意を表明している。ここでは、先軍政治が前提となっており、国民生活向上と先軍政治は矛盾しないと考えられていることに留意する必要がある。

経済建設の対象部門は、まず「以前と変わりなく農業を天下の大本として人民の食の問題解決において画期的な前進をもたらさなければならない」と農業と食糧問題の解決をあげている。次に「軽工業革命の炎を勢いよく起こし人民消費品生産を決定的に高めなければならない。」として副食品や生活必需品の増産を呼びかけている。


(2)重点部門に変更はないが、鉱業の育成に関心
重点部門については依然として「電力、石炭、金属工業と鉄道運送部門」をあげている。「先行部門が先行し、連帯的革新を起こしてこそ国の全般的経済が活性化される」との認識があるためである。さらに「今年は、経済発展の遠い将来をにらみつつ、地質探査事業を進めエネルギーおよび資源開発事業を展望ある形で行って」いくことが加わっている。これを見ると将来的な有望産業として鉱業が考えられはじめていることがわかる。鉱業を将来の経済発展ビジョンに取り入れているというのは、朝鮮の鉱業の潜在性から言うと非常に現実的であると評価できる。


(3)経済発展の方法論は自力更生
経済発展の方法論として共同社説は「自力更生はこの地に強力な自立的民族経済を建設した原動力であり、社会主義経済建設の変わらぬ闘争方式である」と自力更生を強調している。現在の厳しい国際環境では当面、外国からの投資などの対外経済協力事業は拡大できないとの見方があるためであろう。


(4)科学技術の重視と技術水準を高める動きの継続
 科学技術の重視と技術水準を高めるための投資や教育対する「われわれは人民経済の技術更新・現代化も、生産と経営活動も科学技術人材を積極的に動員する方法で行っていかなければならない。」と科学技術の重視の姿勢を昨年に続き明らかにしている。同時に「教育事業に力を入れ、強盛大国建設を担当する有能で実力のある人材を多く育てなければならない」と技術水準を高めるための教育事業の重要性にも言及している。


(5)内閣の重視と社会主義原則の固守-経済管理における「実利」の重視
経済建設においては、「内閣は社会主義経済建設のハンドルを握る重大な位置と使命にあうように、戦略的な見識を持ち、経済の作戦と指揮を責任を持って行わなければならない。」と内閣の機能強化が謳われている。また、「経済事業において社会主義原則を確固として守り、経済管理を実利が出るように朝鮮式に行わなければならない。人民経済の均衡的発展を実現し、経済的テコを正しく活用することに深い関心を向けなければならない」としている。

社会主義原則を守るという記述は、現実の政治体制の選択という面で言えば、資本主義の対立概念としての社会主義体制の維持、すなわち朝鮮労働党の一党独裁を継続していくということを意味している。経済管理の面では、実利に関する記述も勘案すると、共産主義に対比した社会主義という意味での社会主義、すなわち「能力に応じて働き、労働に応じて分配する」という原則を徹底し、生産力の増強という目標のための経済改革措置を継続していくということを意味していると理解することができよう。


今年の新年共同社説から見える朝鮮社会は、核実験成功による朝鮮の国家としての地位向上を祝福しつつ、経済の現状を改善し、国民生活を向上させなければ、本当の意味での先進国、一流国になることはできないという現実の前で武者震いをしているように見える。

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