日朝間の認識のギャップ

| コメント(6) | トラックバック(0)

前回は朝鮮の核実験の背景を、10月3日の朝鮮外務省の声明を背景にして考えてみた。これに対するhakhon氏のコメントを読み、朝鮮をめぐる国際関係の認識について、日本と朝鮮の間にかなり深い認識のギャップがあることを感じさせられた。朝鮮を理解しようとすると、朝鮮がどのように世界を認識しているかを考えないといけないが、その視点についての説明が日本にはあまりにも不足していると思う。

朝鮮には歴史的な教訓を背景にして、北東アジアの国際関係について独自の考え方があるように思う。小国がどのように大国の狭間で生きていくか、ということについて、朝鮮ではこれまでの体験から「銃口から政権が生まれる」的な発想があるのではないかと思う。

この考え方の根っこには、朝鮮が近代に入ってから周辺国(清、日本、ロシア)の干渉や日本の植民地支配、建国後の冷戦(朝鮮半島では本当に戦争になった)、アメリカ「帝国主義」、中国や旧ソ連の「民族利己主義」ないしは「社会帝国主義」など、数々の苦難を経験してきたことが背景になっている。

これまでの朝鮮の政治路線が、非同盟諸国をはじめとする世界の多くの国々(多くは朝鮮と同じような苦難に遭遇しているか、していた経験がある)に支持されてきたのは、このような朝鮮の多難な歴史からして自然なことである。

では、hakhon氏の指摘するような「自主国家」が朝鮮半島に誕生すること、そしてその過程について、多くの日本人はどう見るだろうか。

日本は明治維新以後、近代化を進めるにあたって、苦難を避けるためには、他国を犠牲にしても仕方がない、という路線に立って、「先進国」(あるいは「勝ち組」と言ってもいいだろう)になることを至上の目的としてきた。

そのために富国強兵政策をとり、国力に見合わない軍事投資を行い、日清、日露の戦争には何とか勝利したものの、日中、太平洋戦争と進むうちに負け戦をすることになってしまった。日本が戦後、「平和憲法」のもと、国際協調路線に努めてきたのは、それが国際社会の理想であったという側面もあろうが、過去の日本の政策が敗戦という結果に終わったことへの反省が大きいと思う。日本人が大きな被害を受けたから、富国強兵政策は誤りだったということが多くの日本人に共有された(戦後の政治家の発言などを見ても、周辺の国々に大きな迷惑をかけたという理由で前の大戦を批判する人よりも、前の大戦が結果的に誤っていたと考える人の方が多かったように思う)ということが言えるのではないだろうか。

敗戦後は、東西の対立が激化する中で、日本に重い戦争責任を負わせるよりも、アメリカの同盟国として東アジアの共産化を防ぐ役割を分担することになり、朝鮮戦争やベトナム戦争では、戦争特需もあり、経済復興を行うための好条件が重なった。しかも、戦前にある程度の工業化を進め、産業集積が進み、人的資源の開発も進んでいたため、戦後の発展はかなり急速に進んだ。(そういう意味では日本の戦前と戦後は連続しているといえる。そのおかげで戦後も「勝ち組」に入ることになり、現在に至っている)

日本はアジアに位置してはいるが、国際政治を考えるときの視点は、現実の経済の実態とは異なり、かなり以前から先進国のそれだった(戦前・戦中や戦後の復興期の苦労を知っている人は別だろう)といえるのではないだろうか(戦後の貧しい時代も、周辺国に対する差別感情は生きていたようだし)。現在、人口の多くを占める戦後生まれの日本人が、さまざまな苦難を経験しながらも国作りを行っている多くの発展途上国の心情を理解するには、それなりの勉強や理解しようという姿勢が必要で、直感的に朝鮮がおかれている状況を理解して、共感するというのはかなり難しいことだと思う。

朝鮮のこれまでの動きを見ていると、韓国に対しては盛んに「工作」を行っているが(これは、韓国もやっているのでお互い様だと思う)、それ以外には大規模な侵略的行為はしていない。ただし、日本に対しては拉致問題を行っているため、朝鮮が「自分たちの核武装力は自衛のためのものである」と言っても、日本の多くの人はにわかには信じがたいと思う。朝鮮が核武装をすれば、「何かあったら日本に核ミサイルを撃つのではないか」という不安を多くの日本人が持つのはある意味自然なことだ。(朝鮮が日本人を拉致したことで、朝鮮の「自主国家」建設という大義に大きな傷がついてしまった。)

日本は戦後一度も侵略的な戦争を行っていないし、最近では自衛隊を海外に派遣していると言ってもそれは平和維持か戦後復興がメインで、外国に脅威を与えるものではない。これが多くの日本人の一般的な認識だと思う。そのため、朝鮮から見ると、日本が朝鮮に軍事的、政治的な脅威を与えてきたという認識すら、多くの日本人にはないと思う。「唯一の被爆国」として核兵器に反対し、平和憲法を持ち、軍隊を持たず、侵略戦争を行わないことをモットーにしてきた日本ほど平和的な国家はない、と信じている人が多いのではないだろうか。

しかし、朝鮮から見れば、日本は日韓条約で韓国を「朝鮮にある唯一の合法的な政府」であるとしている旧植民地宗主国であり、人口が6倍弱、GDPは推計方法にもよるが90~250倍、自衛隊という名の兵力への支出は世界第2位(その半分が人件費だという指摘はあるだろうが、それは朝鮮側にも見えにくいだろう)で、日米安保条約によりアジア最大の米軍基地が存在し、直接核兵器を持たずとも、核兵器を持ったアメリカに守ってもらっている。そればかりか、最近は「集団的自衛権」の議論が盛んであり、湾岸戦争ではインド洋で米軍に給油活動をし、イラク占領の多国籍軍に加わっている。朝鮮が日本のことを恐ろしく思うのも自然なことだろう。

ここに日本と朝鮮の間の大きな認識のギャップ(みぞ)がある。

朝鮮にとっては、日本の存在が非常に大きく見える。

日本にとっては、2002年9月17日の日朝首脳会談以降の拉致問題をめぐる朝鮮バッシングで、朝鮮の脅威のみが強調されたため、朝鮮の「小ささ」、「弱さ」が見えてこない。

日本にとって、朝鮮の核兵器は安全保障上の脅威である。しかし、日本と朝鮮の総合的な国力の差を考えたとき、朝鮮が日本に戦争をしかけるということは考えにくい。

日本が朝鮮に接する時には、朝鮮の持つ力を過大評価せず、相手が自らを恐れていることを念頭に置きながら接する必要がある。朝鮮が日本に対して拉致という主権侵害を行ったことは事実だが、そのことだけで頭に血が上ってしまってはいけない。外交を効果的に行うためには、相手の立場から自らを客観視する姿勢が必要だと思う。そして、小国を追い込まない寛容さ(これは弱腰とは違う)も必要である。日本に不足しているのは日本が(物質的には)大国であるという自覚と、その自覚に裏打ちされた謙虚さや余裕である。

私は日本がそういう雅量のある国になって欲しいと思う。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.asianlaw.jp/mt/mt-tb.cgi/7

コメント(6)

仰るとおりです。朝鮮のみならず韓国、中国その他アジア諸国は日本の力に憧憬とともに恐怖を感じています。それを日本人自身がよく理解していないのが問題です。私も日本の若者たちに話しますが、「海外の目から日本を見つめる必要がある」と。
ただマスコミ、教育等で日本人自身が冷静に物事を考えること、また歴史をよく知ることできていないことが非常に残念です。

補足します。1980年~1990年代朝鮮は中国、ソ連からも友邦国であるにもかかわらず、見捨てられました。(あの時、日本、アメリカがちゃんと対処していれば今日の事態はなかったでしょう)そしてミサイル、核開発へと進んでいきました。生存のために・・・
金日成という方はどちらかというと理想主義的なところがありましたが、金正日という方は徹底した現実主義者だと思います。
「ならずもの国家」「崩壊する国」等々の言説を信じている多くの方には今の事態は理解できないのではないでしょうか。

hakhonさん、コメントをどうもありがとうございます。

ソ連、中国から見捨てられたというのは、それに頼るしかなかった当時の朝鮮としてはかなりの痛手だったと思います。

その後のアメリカや日本の対応には場当たり的なところがあったように思います。しかし、朝鮮の人々はプライドが高いので、「助けてくれ」と言えないのですよね。その点で大きな損をしているように思います。

このことについては、朝鮮の1992年の憲法改正に絡めて、そのうち本文で考察してみたいと思います。

プライドが高いのも困ったもんです。いつも思うんですが、もっと柔軟な発想、対応ができないのかと・・・

はじめまして。
冷静かつ客観的な分析、とても勉強になりました。

私はちょうど核実験の行われた日に、ハンクネットという人道支援団体の一員として平壌におりました。そのときの印象をまとめた記事を朝鮮新報平壌支局に投稿しましたので、ご紹介しておきます。ご参考まで。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/05/0605j1019-00001.htm

朝鮮でいろいろな人と話をしていると、彼らにとって最も大きな問題は、「朝鮮戦争がまだ終結していない=アメリカと敵対関係にある」、ということだと思いました。

アメリカと全面戦争を戦ったという民族的経験は、局地的被害にとどまった日本の原爆体験と比較にならないほどの重みがあるように見えます。そこが理解できないと、核に頼らざるを得ない彼らの心情が見えてこないのではないでしょうか。

今後ともよろしくお願いします。

yonezuさん、はじめまして。コメントどうもありがとうございます。

記事を読みました。核実験当日の平壌の様子がよく分かりました。当日の朝鮮中央テレビのニュースを見ましたが、事実だけの発表を行う淡々としたものでした。

記事の中で紹介されていたコンサート会場での市民の反応ですが、多分に複雑な心境であったと思います。みんなでお祝いをするという感じではなかったのでしょう。

この冬は何とか乗り切ることができるにしても、来年の朝鮮経済は経済制裁の影響でおそらくマイナス成長になるでしょう。再来年の春はかなり厳しいでしょうから、それまでには事態が解決の方向に向かって欲しいと思います。

コメントする